RESEARCH

古代染色研究

「古代染色研究所」

古代の色をよみがえらせる――古代染色研究所

2020年4月、HOSOOは京都御所に近い京町家を拠点として、古代染色研究所を立ち上げた。そこでは、1000年以上昔、日本において実践されていた「自然染色」「植物染」の再現の研究が行われており、経済合理性にとらわれない手法によって、日本古代の美しい色が追求されている。

植物の自然染料を用いた染色と聞くと、多くの人は「草木染(くさきぞめ)」という言葉を思い浮かべるかもしれない。しかし、当研究所の顧問をつとめる染色家・山本晃氏はその言葉を避け、「植物染」「古代染色」といった言葉を用いる。というのも、「草木染」とは一時、登録商標ともなった言葉であり、また、そこでは誰もが手軽に植物を用いた染色ができるよう、本来の古代の染色方法を大いに簡略してしまっているからである。

山本氏は、もともと京友禅の修行から染織の世界に入り、その傍ら、より染織を追求すべく、50年以上にわたり、植物染の実践を行ってきた。そこで師となったのが、古代染織家の前田雨城氏であった。

前田氏は、教えを与えた者を「弟子」とすることを拒んだ。むしろ、自身だけでなく、さまざまな人から学ぶことをすすめ、「あんたの世界を大事にして、あんたの古代染色をやったらいいんや」と言ったという。

古代染色における「色」の概念は、今日の我々の常識とは異なる。たとえば、梅染(うめぞめ)の場合、「梅の色はどのようなものですか?」と問われても、単純に答えられるものではない。同じ種類の梅であっても、個体によって、また、その部位によって、あらわれる色は異なる。また、素材の問題だけでなく、そのときの温度や湿度といった環境、あるいは水のpH、そして媒染手法によっても異なり、また、一通りの染め工程を繰り返してゆくことで、より濃い色が実現される。つまり、決して一種類の植物と一つの色が一対一に対応しているわけではないのである。

山本氏は、前田氏に師事しながら、かれこれ50年以上、自然染色を実践してきた。それゆえ、ほとんど「魔術」のような職人的勘を有しており、デリケートな植物染のあらゆるノウハウを有している。それらは、もはや言語化できない域に達している。

そうした山本氏のノウハウを継承してゆくために、研究所では、新世代のスタッフたちが、山本氏監修のもと、日々、染色の実践活動を行っている。

『染色の口伝』
 一、良い染色は五行の内にあり。
 木の章 草木は自然により創造された人間と同じ生物也。
     愛をもって取扱い、木霊への祈りの中で染の業に専心すべし。
 火の章 火には誠せよ。誠無くば必ず害あり。心して火の霊を祭るべし。
 土の章 土より凡て生る。土悪ければ色悪し。清気ある土をよしとする。
 金の章 金気は大敵也。金気無ければ止らずと云えども、善悪あるを知るべし。
 水の章 一に水。二に水。三根気。水は素直にして、
     根気は能力に祈りを加えること也。

古代染色研究所では、経済合理性、効率性を度外視し、時間と労力を徹底的に費やすのを厭わないことを第一理念としている。

古代染色においては、材料集めが仕事のうちの半分以上を占める。必要な自然染料、具体的にはニホンムラサキ、ニホンアカネ、マルバアイといった、きわめてデリケートな植物である。これらは、1000年前ならばどこにでもあった植物であったが、今日、これらの素材を集めることすら困難な状況であり、また、なかには絶滅危惧種となっているものもある。これらの植物を栽培している箇所も日本各地にわずかには存在するが、決して商業ベースに乗っていない。そのため、古代染色研究所では、丹波に農園を設置し、素材そのものの栽培から行っている。そこでは、各植物を産地ごとに区別し、土壌成分を変えるほか、湿度や気温、光の当たり方などあらゆる要素をチェックしながら、その植物にとって一番最適な環境を模索し、栽培を行なっている。

こうした徹底的な植物管理の背景には、「植物染色をやるにあたっては、まず、植物そのものをよりよく知らなくてはならない」という山本氏の教えがある。単に染色に用いる素材をチップで入手して用いるだけでは、実際の鶏を知らずして、スーパーの鶏肉だけで満足しているようなものだ、と。同時に、こうした失われつつある植物を取り戻そうとすることは、自ずと、自然環境の保全、気候温暖化対策等にもつながる。

また、こうして植物のことをよりよく知ることによって可能になるのは、一つ一つの植物の「個性」を把握することである。一つの種類の植物ではなく、同じ種類の植物の個体が有する特異性である。そうした植物の個体差を尊重し、その固有の色を引き出す染色が、ここでは理想とされている。

染めの作業に入るためには、まず糸の前処理が必要になる。ここで多く染められるのは絹糸であるが、これを藁灰の灰汁に漬けることで精錬する。こうして糸を一度、生成り、すなわち生(き)の裸の状態にするわけである。そうすることによって、染めた後に高い堅牢度を保てるようになる。

染料は、やはり自然物だけあって腐敗も早く、保存ができるわけでもない。その染料が新鮮なうちに染めなくてはならない。そして、前述のように、不確定要素の大きい染色では、最後は祈るしかないという。そこでは精神性も重視される。前田氏は、「心に〆縄を張る」といったことや、「夫婦喧嘩をしてはならない」といった精神面の教えも説いていたという。

ここでは媒染剤にもこだわっている。媒染剤を用いることで、繊維に染料を固着できる。椿の枝葉や鉄媒染など、その種類はさまざまであり、それぞれによって染色に違いが生じる。媒染剤には、染料として使った植物を焼くことで生成したものもあり、ここでも植物の循環が行われている。

染めた後は「枯らす」工程、つまり糸を乾燥させて、しっかりと色を定着させる工程に入る。このとき、ドライヤーなどで乾燥を急いではならない。そうすると、繊維の芯まで入ろうとしていた染料が、繊維の外側の方に出てしまうからである。そうさせないためには、自然乾燥が一番だが、それには時間がかる。より濃い色に染めるには、染と乾燥を繰り返すことになり、それだけより多くの時間を要することになる。

こうすることで、ようやく古代の貴族たちが愛した美しい色が、現代によみがえることになる。しかもそれは、非常に高い堅牢度を持つ。実際、正倉院等に所蔵されている古代の染色品は、往古の色相を大きくとどめているという。

山本氏は、いまの時代こそ、こうした時間と労力を厭わない丁寧な自然染色に、チャンスがあると説く。

――いまの世の中はどうしても量産体制で、自然染色は、そういうものには逆行しています。ですが、ものは豊かになったけれども、精神は病んでいるというのが実状です。それを補うことができるのは、こういう少しずつ時間をかけてゆく丁寧な仕事だと考えています。そうしたものに若い人たちが目を向けてくれるよう伝えてゆくことが、雨城さんに習ったことへの恩返しになると思っています。

山本晃

原瑠璃彦

All photos by Kotaro Tanaka
本稿は『HOSOO Magazine More than Textile – Issue 2 Future in the Past』(2022)より転載されたものです。