RESEARCH

Ambient Weaving

「Ambient Weaving」

対談 筧康明(インタラクティブ・メディア研究者)×細尾真孝

「Ambient Weaving―環境と織物」では、光量や温度、湿度などの環境情報と人とを媒介する“メディア”としての織物を、作品として展示しました。先端技術を駆使して制作された作品において、「美」はどのような役割を果たしたのでしょうか。“メディア”としての織物は、我々をどのような未来へと導くのでしょうか。「Ambient Weaving」を主導したインタラクティブ・メディア研究者の筧康明氏と、HOSOOの細尾真孝に、振り返りと今後の展望を聞きました。

―展示についてのお話に入る前に、まず筧さんの背景について伺いたいと思います。筧さんはどのような経緯で、Material Experience Designという現在の研究テーマに辿り着かれたのでしょうか?

筧: 僕自身は、2000年代初頭から研究やクリエーションをスタートしているのですが、その当時あったバーチャル・リアリティ(仮想現実)のトレンドに違和感を感じていました。「仮想世界ではなく、現実世界の中の資源や空間にデジタル情報を重ねていくことで、身体や空間を拡張できないか?」という問いをきっかけに研究を始め、近年では技術の進歩にともない、マテリアルそのものにデジタル情報を組み込む取り組みに至っています。

―まさに「Ambient Weaving」ではデジタル情報を持ったマテリアルが作品に使用されていました。そのようなマテリアルを西陣織で展開するに至った経緯について、お二方にお聞きしたいです。

細尾:まず、多種多様なマテリアルを複雑な構造で織り込むことができる西陣織の特性を活かし、先端的なマテリアルを織り込めないかという発想が元々ありました。それは「HOSOO STUDIES」発足のきっかけでもあります。

筧:デジタルファブリケーションの技術が進み、既存のマテリアルを用いるだけでなく、マテリアル・サイエンティストとデザイナーがマテリアルそのものの作り方にまで踏み込めるようになってきたことが大きいと思います。

―「美」という観点でもう少し踏み込みたいのですが、「Ambient Weaving」において美はどのような役割を果たしていたのでしょうか?

筧:今回の展示は、特に新たな環境をしつらえたわけではなく、すでにある外部環境やその変化を作品が引き立てています。つまりはテキスタイルがメディアとなり、人間の意識下にあるものを意識の中に引き上げている。「環境そのものが美しい」という認識を作品が引き出すという形で、美が現前していたと思っています。

細尾:テキスタイルを通して外部環境そのものを美しく展示することで、美を通して、環境の変化という目に見えない事象を感じられる展示になったと思います。

筧:展示ではセンサーによって測定された定量的な情報もモニターから発信されています。モニターから伝わる情報と、テキスタイルから伝わる情報は、どちらも同じく環境を元にしていますが、人間がそれを認識するプロセスが異なる。そして、これは重要なことなのですが、僕はそのどちらも有用だと思っていて、どちらかが優れているという話には帰着しないと考えています。

―目には見えない「美」を映し出すことで、本来知覚できなかった情報や、精神的な充足を得ることができる。このような体験は、人間自体のインターフェースを再発見する感覚にもなると細尾さんはおっしゃっていましたね。最後に、今回の作品の延長線上にどのような世界が期待できるのかについて、お聞きしたいです。

筧:スマートテキスタイルの分野では、現時点では技術とマテリアルがただ重なっているだけで、まだ織り合わさってはいないと思います。さまざまな機能を入れ込んだ布が、近い将来生まれるはずです。他方でそのような素材のデジタライゼーションだけでなく、それによって生まれる布が、環境や身体と新たな関係性を築く。大きくこの2軸で発展していくのではないかと考えています。

細尾:その2軸をどう交わらせるかが今後もテーマになってくると思います。布は常に身体と環境の間にある。身体の機能を拡張する「第2の皮膚」とも言えるでしょう。あるいはシェルターとしての布が空間へと拡張し、「第3の皮膚」として建築のような役割を果たすことも考えられます。テキスタイルはその美によって、身体や空間を変容させる無限の可能性を持っているのです。

Photo by Kotaro Tanaka
本稿は HOSOO Magazine『More than Textile – Issue 1: Ultimate Beauty』(2021)より転載したものです。